豪華な声優を揃えたONE PIECE FILM GOLDを観て感じた矛盾。

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恒例になったONE PIECEのスピンアウト作品。テレビでやっていたので、先日初めて観たのですが、もはや、子どもにとって娯楽のような映画ではなくなっていましたね。とにかく登場人物が多く、ストーリーが複雑なんです。

もちろん、ド派手なアクションシーンと3D技術で子ども心をくすぐることができるかもしれませんが、日本語の理解力に長けている大人ですら難しい内容だと思ったのです。でも、この映画に起用された豪華な俳優(声優)陣がチョイ役で出ているのは想像もつきませんでした。声とキャラを答え合わせする楽しみもこの作品の醍醐味だったのだと思います。

誰が観てもわかりやすい「勧善懲悪」といったストーリーではなくなった

個人的には、ゾロとニコロビンのファンなので、最近のレギュラー放送ではまったく出番のなくなった彼らを観ることができたのと、彼らの声を担当している中井和哉さん(ゾロ)と、山口由里子さん(ニコロビン)の声が聴けて本当に嬉しかったですよ。

そしていろいろ矛盾していることも、ストーリー中にありましたね。

例えば、海水と悪魔の身の能力との関係。能力者たちは海水に触れると体に力が入らなくなってしまうルールがあるのは、ONE PIECEファンであれば知っているはずです。ですが、海水の雨を降らせた後、ゴールドの能力は一時的には解除されましたが、海水に触れた後も能力者たちは自分たちの能力をせっせと使って戦っていました。

もう一つも能力絡みですが、海楼石でできた通気孔の大型ファンを潜り抜けるシーンもそうでした。バッチリ触れているのに体力が減らない…。当初のルールを知っている人から見れば、矛盾だらけだったと思います。

また、「麦わらが正義で、テゾーロが悪」という単純な話ではありません。テゾーロが拝金主義になってしまったヒューマンドラマな背景をもっとしっかり時間を使って描写してあげればよかったと思いますし、麦わらたちもカネを借りてまでギャンブルの勝負事に首を突っ込まなければよかったのです(借りたカネでギャンブルをするのは致命的です)。

舞台となったグラン・テゾーロはラスベガスというより、この前訪問したマカオと豪華客船が掛け合わさったような印象を受けました。時計塔のシーンはルパン三世・カリオストロの城のようなイメージを、黄金・財宝のあたりはラピュタを思い出しました(パズーとルフィーの声が同じだから余計にシンクロしますね)。

そもそも、トラブルの原因はいつも主人公が起こし、勝手にケンカを売っている場合が多い

今回は、若干イカサマがあったとはいえ、ルフィーたちが勝手にギャンブルにのめり込み、勝手に負けたことがトラブルの発端だったように思います。

だがしかし、彼らはずるいだのなんだのと、実社会では通用しないような言い訳を並べて、暴力に訴えた。まあこの宣戦布告がないとストーリーが先に進まないわけだから仕方ないんですけど、カジノ側は完全に言いがかりを付けられたわけですね。この場面もまた、子どもには見せられない一コマとして認定したいと思います(笑)。

最近のアクション系マンガは「主人公が正義で、その相手が悪」という単純なストーリーは少なくなってきており、さらに複雑になっているように思うが、今回の作品のテーマ・趣旨・オーディエンスに訴えたかったことは一体何だったのだろうか。僕は次のように感じました。

★例外を除いて、ほとんどのギャンブルは胴元が勝つことになっている

★世の中、騙される方が悪い(諸説あるが、ビジネスはしっかり勉強してから望むべき、という解釈です)

★あきらめずにやり切れば、道は拓けるかもしれない(ルフィーの十八番)

★女の子は知恵で生きぬかないとね、ということ(一理あるな)

★カネがあれば、だいたいのことは解決できる(だいたい当たっている)

1つめは、街のパチンコ屋さんがつぶれずに頑張っている理由そのものだと思います。2つめは劇中最初の方のセリフだったかと。キツイ言葉ですが、真理をついています。3つめはルフィーの「オレはあきらめねぇ!」ですね。これも大事なファクターでしょう。4つめは、劇中にあったカリーナの言葉ですが、これは女性だけではない。すべての人たちは知恵を駆使しないと生き抜けないと思います。

最後はテゾーロのセリフです。たぶんだいたいのことは解決できるんです。でも、解決できない少しのことのほうが大事なことだったりするので、それらを振り返りの材料にすれば良いのだと思います。

以上、僕が勝手に考えた映画のテーマでしたが、これらの観点を意識しながら観れば、子どもたちにも十分伝えられる人生の教材になるんではないでしょうか。